今日はそのことをなさんと思へど。

日々思うことの諸々 その実単なる暇つぶしの為の日記

今を生きる。

「今を生きる」
とはどんな生き方だろうか。


私が、
「今を生きる」
という言葉を始めて意識したのは高校生の頃だ。

テレビでヒットソングがメドレー形式で紹介されていた。
サビだけ連続して流されていたのだが、3曲連続で
「今を生きる」
というワードが入っていた。

「今を生きる」。
当時の自分としては何となく聞こえがいいだけの言葉で、それだけによく歌詞に使われているだけだろうと思った。
要は「なんか都合がいい言葉だな」と思っていたのだ。

それ以降この言葉が目に留まりやすく耳に入りやすくなった。
周りの青春真っ只中みたいな学生は
「今を生きる」
がプリントされたTシャツを着て楽しそうにはしゃいでいたし、それ以外の場面でもあらゆる場所で目や耳に入ってくるので、やはり使い回しの効く聞こえのいいだけの言葉だろうと思った。

「今を生きるって、計画性もなしに楽しそうにはしゃいでいるだけかよ。」
そうやって、そんなTシャツを着て「今を楽しみたい!」みたいなこと言っている周りの青春したい学生を横目に、そう思っていた。


しかし、それから時が経ち、自身「今を生きる」という言葉に表面的ではない本質的な意味があると考えるようになった。

最近は本やインターネットから情報を得るようにしているが、影響力のある人は「今」に焦点を当てて生きているのがわかる。
例えば、この前何かの番組で、元大阪市長橋本徹さんが

「若かった頃は今の自分を想像していなかった。人生で自分の思った通りになることは一度もなかった。いつも行き当たりばったりだったがなんとかなってきた。」

「行動することで道は拓ける。」

と話していた。
これは、このブログタイトルにある「今日はそのことをなさんと思へど」にも通じる内容ではあるが、やはり先の物事は定まらないのでその時その時になって考え、対処していかなくてはならないということだ。
それがつまり
「今を生きる」
ということではないかと思う。
言い方を変えれば、先のこといくら考えたところで「今」しか生きられないのだから、今に全力になるしかないということだ。

もっと言えば、
「今を生きる」
と凄みを持って言っても実際それ以外の選択肢はない(当然のことである)ので、できることがそれだけならばそれに全力を注ごうということだと思う。

それが本質的な意味ではないか。


私自身、学生の頃から時が経ち、社会人になり、就職を経験し、退職も経験し、他の仕事を経験するわけだが、そうしてようやく
「今を生きる」
の本質的な意味を自分なりに考えるようになった。


私は夢で警察官になったのが、結局辞めてしまった。
初めは警察官として定年までやってくんだろうなぁと思っていたが、実際そんなこともなかった。
そして辞めてから、資格もないし大学にも行ってない、これからどうなるんだろうみたいな不安は少なからずあったが、結局今のところどうにかなってきた。
アルバイトでも警察官の時以上に給料はもらえたし、評価も得た。

これは私が警察官の頃、「その時」を全力で生きていたからだと思う。
さらに警察官の頃は何でも全力でやれと言われてきたのでその癖がついていた。
特に自分は器用な方ではなく、やった分+αで結果が出る人もいた中、自分はやった分以上の結果は得られないとわかっていたため、それがわりにあっていた。

「その時その時に全力になる。」
それは警察官という経験があったからこそ身に着いた姿勢であり、経験のない業種であろうがそれを実行することで周りからの信頼は得られた。
例えアルバイトでも、雑務でも、やれと言われたことは何事も全力でやる。
そうやっていると短期間でいつの間にか社員以上に動けるようになっていたりする。
一定の評価を得られれば、次には声がかかるのが決まった流れだった。

「うちで働かないか」

と言ってもらえればこっちのものだ。
仮にアルバイトだったりしたら、そうやってチャンスが掴めれば、正式に雇ってもらえる。
それが自分の望みなら、それに従えばよい。
私の場合は他にやりたいことがあったので、そういった誘いはありがたいことだが断ってきたが、仮に自分がただ「仕事辞めた後他の仕事を探している人」だったらもうそれでよかったはずだ。
そうやって日々多くのチャンスを掴んでいけば、自分の選択肢は自ずと広がってくると思う。

とにかく一日一日を、毎時間毎分毎秒を、まさに「今」だけを全力で生きる。

私は、もしかしたらそれが
「今を生きる」
という生き方なのかもしれないなと、警察官を辞めてから思ったのだ。


未来のことは定めらない。
行く先のことは知る宛もない。
物事がうまくいったりいかなかったり、そんなことがしょっちゅうある。

なので未来を中心に考えた動きをしたところで、それが叶うことはほとんどない。
それが叶うのはむしろ相当ラッキーだろう。

だから今を全力で生きるしかないのだ。
とにかく今を全力で生きていれば、道は自ずと拓けてくるはずだと信じている。

 


私は、実は気づかないだけでチャンスは自分の周りに沢山転がっているのではないかと思う。
漫然と進むだけでは何が落ちていても気づかないようなものを、日々全力で生きることで拾うことができると思っている。
進む道の先を眺めて歩くだけでは何も得られない。
日々全力でその時その時を生きること、それが進む道の上を目を凝らして歩むということであり、「今」を生きるということであると思う。


だからこれからも、
ただ「今」を生きていたいと思う。